大学生の頃からネットベンチャーで、チャレンジをずっとしてきた僕が、なぜこのタイミングで宮崎大学 地域資源創成学部の教員という選択をしたのかを1日目を終えたタイミングで書いておきたいと思います。

といっても、いつもどおり 思ったままの言葉で書いてしまうのですみません。読みづらいと思う。


前提として何やってきたかは <こちら土屋 有 プロフィール>で。


最初のきっかけは、友人から「知ってます?宮大で新しい学部ができるらしいですよ。ちょっと考えてみません?」っていう話から。
でも、この友人は宮大の人でもなんでもなくて、コネがあるわけでもなんでもない、無責任な一言です。

土屋的には
「ま、とりあえず 教授・准教授・講師っていう職種みたいなのがあるらしいけど、落ちるだろうからなー。

非常勤とかで関われたらいいなー。

大学生に
本気でビジネスやってきた人、特に新規事業やイノベーティブな取り組み、社会的課題の解決を”自分の手でやって、結果を出した”ビジネスパーソンが教えたり、選択肢を見せたり、出会えれば彼らにとっても、地域にとっても今までと違う可能性が広がるだろうなー。」

な温度感でした。


その頃の私は、アラタナに入って2年経ち、立ち上げた事業部が順調に成長し、3名程から10倍程の人員になり、売上は全社の半分程になるくらいになっていた。また、もう半分の事業部門の責任者にもなっており、実質全事業部門の責任者を担当していました。

もちろん、会社に所属していながら優秀なメンバーのおかげで、地域への貢献をビジネスを通じて関わることもできていました。

特に、1年ほど前から宮崎市・国富町・綾町による地方版総合戦略策定のための宮崎広域連携推進協議会・専門部会という実務レベルの実施プランを検討、企画、提案することに携わらせていただいていました。

そこで感じたことは

「現状も問題はたくさんある。(でも、この問題ってココ最近生まれた課題ではなくて、だいぶ昔から同じような問題があったぽいぞ)

ってか、自分たちでお金を稼いで、そのお金で構造的に解決することにチャレンジしないと前に進まなくない?

今までもずっと同じことやってきて解決できていないんでしょ。そりゃ、視点もやり方もゴリって変えないとムリだよ。言い方変えたり、流行りにのってるだけじゃ、解決できないよ!エライおじさん連れてきたって、やるのは自分たちだし、自分たちの町なんだから。」

<大先輩たちのありがたいお言葉も「いやー、そんなこと言ったってあなたの計画とかだと、あなたは、経済的にも社会的にも豊かな状態で人間を卒業されるでしょうけど、その時はその後の僕たちヤバくないですか?そんな悠長な事言ってるの本気ですか?」ってメチャメチャ思ったり、ふわっと思わなかったり>

という、構造的な課題に対してどうしても対症療法的な対応ばかりなのではないか?短期的結果を出しながらも中長期的な戦略性を持った判断できる人材がもっと必要だという思いです。
(現状のアプローチ方法について、これはこれで現実的なのもわかるんですけどね。どこかで批判を受けてしまう決断をしないといけないので、ホント少しずつでも変えてきた手法論としてこうなっているのだろうと感じていたり、いなかったり。)

「人生の先輩達のための社会の形だけではなくて、
2030年/40年/50年を考えてみれば、ロストジェネレーションと言われる30代な僕らも含めて、
大学生となってくる彼らの未来のためにも、彼らがサバイブできるチカラを
早いうちに身につけておかないと、自分の身を守ることができないだろう。
自分の身を守れなければ、地域も社会も未来も守ったり、創っていくのは難しい。

マジで生産性をガツンと変えたりする仕組みや教育しないと日本やばいって!」

って思ったわけです。

そして、できないことないんじゃない?
明るい未来って僕らが創っていけばいけるんじゃない?信じてやってみようよ!
確実に来るリスクを放置したり、見えてないフリするのやめようよ!
おし、やっちゃおうぜ!

エッ?具体的な企画?批判するに足る根拠?お前だったら解決できる理由を出せ?

ごめん、まずは行動だわ。自分ができる最大限の方法をいろんな人と繋がって、巻き込んで、巻き込まれて、社会システムを再確認して、社会デザインを一定の合意形成プロセスを経て創っていきますわ。

やってみる前から、成功の根拠とか言われても、まずはスピードとインパクト重視でやってみていいですか?

って思いを持ちつつも、ちゃんと自分も専門である経営学におけるマーケティング論(思考)を宮崎という地方経済の典型的地域でしっかりと定着させていくことで、地域経済の経済活動の生産性を改善させることに貢献できると思っています。

それが人口減少及び外貨獲得するための突破口の一つになると考えています。
とはいえ、市の委員をしたことで気づき、学ばせていただいたのですが
宮崎の産業別詳細の現状の生産性などは測定されていないみたいですが、
そういった視点からでもアプローチすることができると思っています。

そして、刺激的な大学生活を学生にパスできればサイコーだなと思ってます。

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大好きな仲間とめちゃめちゃ面白い仕事も魅力的だけど、未来に対しての僕しかできない使命と出会ってしまったことを見なかったふりはできませんでした。(いろんなタイミングも重なりました)

そして、多くの方のご協力をいただいてスタートできたという感じです。

4月1日の宮崎大学 池ノ上学長からの辞令交付式で
「宮崎県の活性化、宮崎県民の期待に応える、宮崎県から世界に」
「苦労も困難もあるだろうがやっていこう」
という話をいただきまして、この使命感はさらに燃えているわけです。

たぶん、空回りすることもあるかもですが、冷静と情熱のバランスをとりながらチャレンジします!