35歳の現在で一番怖いものはなにか?

まだ枯れているわけでもない。
豊かさのカタチがお金とモノだとも思ってない。
家族や仲間との時間が好きだ。

という前提であっても

一番怖いのは、自らの成長が止まってしまうことが 一番こわいなと思うわけです。

成長が止まってしまう = 未来における自らが社会の中でイメージしている価値が提供できないこと、できなくなってしまうこと

いかに成長を止めないで、
修行をし続けるか。

すべてが修行であり、無駄なものはないという根底で理解している”つもり”ではあるのです。

しかし、時としてこの”つもり”を忘れて ふと不安になる時があります。
まだまだ心を整理するチカラが弱いところがあるのだとは思います。はい。

どんな時なのだろうかと思うと、こんな時。




巨大な会社の中間管理職レベルだけにずっといて、
会社の看板を自らの看板と信じるというより、自らの価値観に取り込んでしまって
自らの価値(過去ではなく、今・これから生み出すチカラ)で勝負できなくなっている人と出逢うことがある。




もちろん、そうでない人たちと多く働かせてもらってきました。
それを自分なりに分析すると
経営者層の方や、現場で多くの信頼を勝ち得てきている人たちと働かせていただいて来たという
自らの有り難いご縁や環境に気付くことができる。




会社・組織の看板のみで戦う人たちの特徴は
ある意味、 なんか そこそこ 偉い、 偉そう、 偉かったぽい 人たち。

企業組織においては、経営者としてヒト・モノ・カネ・情報についての大きな判断をするほどの
ポジションの経験をされていない方たちである。

中途半端に、中間管理職にずーっといるのがあぶないのではないかと思えてくる。



外からみれば、大きな会社の◯◯というポジションの人なので、チヤホヤもされる。
また、そこそこ人事についても影響力はある。決定力はないけど。



そうなると、勘違いしちゃうのかもしれない。
とはいえ、世の中において大半は中間管理職層。




会社の看板だけで、チカラを過信して、自らの成長が止まってしまう人、
自らのチカラをベースに会社の看板を掛けあわせて成長し続ける人。

この違いはなんだろうなと。




中途半端ということなのかもしれない、
ちゃんと 経営者として最終責任者として、人の人生を受け止めて戦うポジションまで
いかないとやはり厳しいのかも知れない。

そうなるとポジションではなく、出世ではなく
働き方、生き方というところなのかもしれない。



組織の中の力関係のみで生きてきてしまうと、
成長が止まってしまっていることに気づかないで
限られた世界の中だけに捕らわれてしまうこと。



できるだけ、多くの価値観の人と出会い
学ばせてもらうことが 成長を止めないことに繋がるのかなと。


ま、友達ふやしていきましょ
仕事がんばりましょ

ってことですかね。

出会いに感謝ですね。

※あいかわらず、つれづれなるままの書きっぷり。。。